博多男前伝説
今日のニュースを見て、
思い出した事がある。
こうやって思い返すと随分昔の事だけど...
その頃、僕は大学に行っていて、
とある企業に内定をもらい、
そこでバイトをしていた。
そこはゲームソフトを作っている会社で、
バイトながら、製品化されるグラフィックを、
任されていた僕は少し浮かれてたと思う。
同期に入社するのは、男女合わせて、
6~7人くらいだったかな?
その中に彼がいた。
入社して、他の新人と一緒に、
その会社のいろんな部署に行ったように記憶している。
ゲームだけでなくアプリケーションも、その会社は作っていて、
そこは僕の知っていた、自由な感じのゲーム制作の現場とは違い、
嫌な感じのする場所だった。
それら一連の研修が終わって所属部署が発表されるのだ。
ただ、僕は、新人でありながら、すでに商品を作る側にいたので、
所属部署に関しては確信があった。
だから、まぁ、どちらかと言うと、形だけの研修を受け、
それより、他の新人の子と(先輩ぶって)雑談をしていたのを覚えてる。
その中で、彼は面白かった。
そして情熱の人だった。
新人の中でも、リーダー的な存在で、
研修中も、他の新人に、熱意を見せなきゃ駄目だって、
アドバイスしてたのを覚えてる。
「ゲーム、ゲーム」と。
この後の記憶があいまいだが、
他にも研修があったように思う。
自衛隊研修とか(笑)。
僕は開発が忙しいのを理由に、うまく逃げ、
そのうちに部署の発表があって、
彼がアプリケーションの開発に回されたのを聞いた。
でも、彼の言葉を覚えてるから、
その発表の場に、一緒に居たのかも知れない...
彼は、こうたずねていた、
「ここで頑張ったら、ゲーム開発に行けますか?」と、
返事は覚えてないが、多分、NOだったんじゃないかな?
誰から見てもデキるって感じが、
当時、アプリケーションに力を入れようとしてた、
会社の意向と合致したんだって、後になって思った。
ただ、その当時、会社の事情はよくわかんなかったけど、
あれほど、ゲームに熱意を持っていた人に、
開発をやらせないなんて...勿体無いって思った記憶がある。
あと、個人的に、
一緒にモノが作れなくなって残念だった。
そんな話もしてたのでね...
彼の決断は早かった。
ほどなく開発部門の先輩から彼の話を聞いた。
「日野くん辞めたんだって」
「...」
それからの事は、よくわからない。
ただ別のソフト会社に移った彼は、
時々見る雑誌記事の中で、いつも輝いていた。
それから数年して、僕は、その会社を辞め、
ゲーム業界を離れたので、
その業界の事は疎くなっていった。
そして、それからまた数年...
思いがけず一般ニュースの中で、
彼のその後を知ることになる。
福岡でゲーム会社を起業した事。
ドラクエ8を開発中である事。
すげ~!
嬉しくなってすぐメールしましたよ。
もう忘れてるかな?って思ったけど、
すぐ返事をもらいました。
ここには書きませんけど、
彼は彼のままでした。
それが今日のニュースを見て思い出した事...

「博多の森球技場」から、
「レベルファイブ スタジアム」へ。
ちょっと聞きなれないけど...
いいじゃんって思う自分がいます。うん。
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